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東京高等裁判所 昭和55年(行ケ)79号 判決

一 原告主張の請求の原因一ないし三の各事実(特許庁における手続の経緯、本件発明の要旨及び審決の理由の要点)については、当事者間に争いがない。

二 そこで、審決取消事由の存否について検討する。

1 原告は、審決が「引例一には表面に酸化珪素の絶縁層を備えたプレイナ型シリコン半導体装置において、主として保護被膜の耐水性を向上させるために酸化珪素の表面にsio2/pboガラス層を重ねて形成すること」の記載があるとしたのに対し、引例一に示される半導体装置の被膜構造は、本件発明におけるような二層構造といえるものではなく、また、このような保護被膜は本件発明の対象とするプレイナ半導体装置に適用できない旨主張する(請求の原因四の1、2)。

そこで、引例一に開示された技術内容について検討するに、成立について争いのない甲第三号証によれば、引例一に示される半導体装置の保護被膜は、酸化珪素被膜をその表面からガラス化したものであつて、まず半導体装置表面に酸化珪素被膜を堆積し、次いでその表面に鉛を蒸着し、全体を酸化雰囲気中で加熱して酸化珪素被膜をその表面から内部に向つてガラス化したものと認められるから、結局、この保護被膜はシリコン基体表面に接するように形成されたsio2膜の一部(表面部分)をsio2/pbo膜としてガラス化させたものということができる。

もつとも、このガラス化領域の厚さは加熱温度及び加熱時間等の条件によつて変化し、これに伴つてガラス化領域と非ガラス化領域(sio2のみからなる領域)との境界も変動するものであることは技術常識上明らかであるが、前記のとおり、引例一に示された被膜構造がその表面部分のガラス化層(sio2/pbo層)とその下方の非ガラス化層(sio2層)とからなつている(前記甲第三号証図1a参照)以上、引例一記載の被膜の構造もsio2層とsio2/pboガラス層とからなる二層構造であるということができる。

しかしながら、本件発明は、成立について争いのない甲第二号証(本件発明の特許公報)の記載から明らかなように、酸化珪素被膜上にさらに別個に窒化珪素被膜を第二層として形成したものであつて、外気あるいはアルミニウム電極に触れる被膜部分を酸化珪素とは全く別個の窒化珪素層として、下方の酸化珪素被膜を外気あるいはアルミニウム電極から隔離しているのに対し、引例一記載の酸化珪素被膜は、その表面部分をガラス化してその耐水性を向上させているとはいえ、依然としてそのガラス化領域にも酸化珪素が存在していることには変りがなく、本件発明のように、半導体本体に接する酸化珪素被膜上に、酸化珪素が存在しない別個の第二層(窒化珪素層)を形成して、この第二層を外気あるいはアルミニウム電極と接するようにしたものとは別異のものであるとみることができる。

また、弁論の全趣旨により認められるプレイナ半導体装置についての原告主張のような製造過程に照して考えれば、引例一記載のガラス化された保護被膜をプレイナ半導体装置に適用したとしても、このような保護被膜は、プレイナ半導体装置を製造する際の不純物拡散工程における高温度には耐え難いと考えられるから、結局、引例一記載の保護被膜はプレイナ半導体装置を製造する際の拡散マスクとして使用することはできないとみざるをえず、したがつて、本件発明における窒化珪素被膜と引例一におけるガラス化層とは、いずれも保護被膜ではあつても、その目的とするところが異つているものといわなければならない。

2 また、原告は、本件発明の特許出願時の当業者が、引例二の存在を根拠にしても、引例一のガラス化領域に代えて酸化珪素の被膜の上にさらに窒化珪素層を形成させる技術思想に想到することはできない旨主張する。

そこで、引例二に記載された技術内容について検討するに、成立について争いのない甲第四号証によれば、引例二には、審決認定のとおり、「窒化珪素を半導体装置の保護被膜として用いること」及び「窒化物は酸化物よりイオンドリフトが少ないこと」が記載されていることが認められ、したがつて、引例二によつて窒化珪素がイオンドリフトの少ない点で優れた特性を有することは本件発明の特許出願時から知られていたということができるが、右甲第四号証によれば、引例二に記載された技術思想は、従来の半導体表面の酸化珪素被膜を窒化珪素被膜におきかえる(換言すれば酸化珪素被膜を全く使用しない)技術思想であると認められるから、この引例二の記載内容から、ただちに、半導体表面には酸化珪素被膜をそのまま使い、その上に酸化珪素が存在しない別個の第二層(窒化珪素層)を重ねて形成する技術思想を導き出すことができるとは、到底いうことができない。

3 以上のように、前記各引例からは、従来の酸化珪素被膜をそのまま残し、その上に酸化珪素が存在しない全く別個の第二層を重ねて形成する技術思想を導き出すことができず、しかも、前記甲第二号証及び弁論の全趣旨により認められるとおり、本件発明は、前記第二層として窒化珪素層を用いる(すなわち、酸化珪素と窒化珪素とを組み合わせる)ことにより、窒化珪素が酸化珪素の被膜と反応しないため両者の層の厚みが正確に定まつてそれぞれの層の特長を有効に利用することができるようにしたものであること、すなわち、一方では、半導体の本体表面に酸化珪素を被覆して、その境界面を清潔なものとし、半導体において与えられた表面電位がその境界面で維持でき、特定の不純物を拡散する際の優れた拡散マスクとして使えるなど、酸化珪素被膜によつてもたらされる利点をそのまま残しながら、他方では、酸化珪素が外気あるいはアルミニウム電極に接することなどによつて生ずる問題点を除去し、半導体装置の安定化を計つたものであるとみられることをも勘案すると、本件発明の特許出願時の当業者としては、保護被膜として本件発明のように酸化珪素層と窒化珪素層を前記のように組み合わせる技術思想までは前記各引例記載のものから容易に想到できなかつたものとみるのが相当である。

なお、被告は、前記引例二には、酸化物と窒化物との組み合わせで島を分離すること(いわゆるアイソレーシヨン)が記載されていると主張するが、アイソレーシヨンは半導体基体中に存する多数の半導体装置の各々を分離することを目的とするものであることは技術上明らかであるから、本件発明における半導体装置の保護被膜とは、その解決すべき課題も自ら別異のものであるとみるのが相当であり、被告主張の前記記載から本件発明が容易に想到できるものということはできない。

4 以上によれば、本件発明は引例一及び引例二に記載された発明に基づいて本件発明の特許出願時の当業者が容易に発明することができたものとして本件発明の進歩性を否定した審決の判断は誤りとしなければならない。

三 よつて、審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求を正当として認容することとする。

〔編註〕 本件特許発明に関する事項は左のとおりである。

一 特許庁における手続の経緯

原告は、一九六六年三月一日アメリカ合衆国においてした出願の優先権を主張して昭和四二年三月一日特許出願し、昭和四六年四月二二日設定登録された、発明の名称を「改良されたプレイナ半導体装置」とする特許第六〇三九三〇号(以下「本件特許」といい、その発明を「本件発明」という。)の特許権者である。ところで、被告が本件特許の無効の審判の請求をしたところ、特許庁はこれを同庁昭和四八年審判第四二七八号事件として審理した上、昭和五〇年五月二六日、「本件特許は、これを無効とする。」旨の審決をした。原告は、右審決を不服として、東京高等裁判所に対し、審決取消請求の訴を提起したところ、同裁判所は、昭和五〇年(行ケ)第一二〇号事件として審理の上、昭和五二年四月五日、右審決を取り消す旨の判決をした。特許庁は、右判決を受けて審理をし、昭和五四年一一月九日、「本件特許は、これを無効とする。」との審決をし、その審決謄本は同年一二月一七日、原告に送達された。

二 本件発明の要旨

1 シリコン又はゲルマニウムからなりあらかじめ定められた伝導性と実質的プレイナ表面とを有する半導体と、シリコン酸化物からなり前記表面の少なくとも一部に接する絶縁層とを具なえる不透過性高安定酸化物被覆型プレイナ半導体装置において、前記酸化物の少なくとも選択された部分に接して窒化シリコンの第二層を具なえることにより酸化物の汚染が防止され装置が安定化されていることを特徴とするプレイナ半導体装置(以下これを「発明1」という。)

2 シリコン又はゲルマニウムからなる半導体本体が実質的プレイナ表面とあらかじめ定められた伝導性の第一領域とこの第一領域との間に接合を形成する異なる伝導性の第二領域とを具なえ、これらの第一、第二領域及び接合がいずれも前記本体から前記表面に向かつて露出している不透過性高安定酸化物被覆型電界効果プレイナ半導体装置において、前記表面の少なくとも一部に接し前記接合を覆うシリコン酸化物絶縁層と前記酸化物の少なくとも選択された部分に接し酸化物を覆つて汚染を防ぎ装置を安定化する窒化シリコンの第二層と、前記窒化物層のあらかじめ定められた部分に接し前記表面の一部に並置される金属電極と、前記電極及び第一、第二領域に電気的に接続され装置を回路に接続する手段とを具なえ、前記窒化物層と酸化物層とは前記電極と前記表面との間に介在しておりかつこれら二層の厚さは前記本体と前記電極との間に電界が印加されると前記本体の表面隣接領域の伝導性に影響が表れる程度に充分薄いものであることを特徴とする特許請求の範囲1記載の半導体装置(以下これを「発明2」という。)

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